義実家との関係と、夫のこと。【義父との戦いシリーズ2】

なんだか、アメブロみたいなタイトルになってしまった。笑

昨日書いた記事(→起業と田舎移住への憧れ)の続き。

実際の鹿児島での義両親との話し合いの内容に入る前に、夫や義実家について書いておこうかなと思う。

夫とは、EC(ネット通販)のグループコンサルの場で出会った。

お互いにECの責任者として、よりステップアップするための技法を掴みたくて参加したら、同じ受講生としてたまたまそこにいたという感じ。

私は出逢った瞬間に「なんて魂がピュアな人なんだ。この人が運命の人だ!ビビビ!!」と思い、夫もそう思ったと思うのだけど(なんか、あるじゃん、伝わるじゃんそういうのってさ♪)、なぜか外で馴れ初めとか聞かれると夫は「向こう(私)から(のアプローチ)です」的なことを言うので、毎回ムカついている。

ま、それは置いておいて(笑)

そんなこんなで、研修に参加していたのだけれども、夫はとにかく仕事に対して一生懸命で、寡黙だけど着実に成果を出していく姿がカッコイイなと思っていた。(なんか身内褒めるのって本当に慣れなくて気持ち悪い)

だから、夫の家業のECサイトがここまで伸びたのは、本当に夫の頑張りのおかげだよなと、私は端から見ていて思っている。

そして結婚することになり、義両親とも家族になった。

夫の両親は、私の両親とはまた全然違うタイプ。

私は、心の学びをするようになるまではわからなかったのだけれども、母親からの愛が少し重く自由がない子供として育った。父親は国家公務員で母親が専業主婦という環境もそれを加速させていたと思う。

一方、夫の家は自営業で、義両親ともワーカホリックで、夫はわりと放置されて育った。不登校なども経験しており、父親からいつも「この家の問題はお前のせいだ」と言われていたという。

「アダルトチルドレン」という言葉があるけれど、私は「プリンス・プリンセス」タイプ。夫は「スケープゴート」または「ロスト・ワン」だ。(アダルトチルドレンについてはまたいつか書きたい。)

お互い、同性の親との関係が苦しみを生んでいることが共通点で、結婚後一緒の心の学びをするようになった。

夫は、義家族とたまに会うといつも居心地が悪そうで、ほとんどしゃべらなくなる。完全に心を閉じ、シャッターを閉めてしまうのだ。

それを見て、まだ自分のことさえ何も分かっていなかった私は、「そうは言っても家族なんだから、愛が必ずあるはず!愛情を伝え合えば関係は絶対良くなる!私が家族の仲を取り持つぞ!それが嫁としての私の存在意義かも!!」なーんてことを思っていた。そしてそれは私自身が実の両親との間でずっとやってきたパターンであったことも後になって理解した。今思うと本当に恥ずかしい。

でも当時は一生懸命で、私はせっせと義母や義祖母からくる手紙に丁寧にお返事を書き、九州で地震などが起きればメールも送り、誕生日や父の日母の日にはプレゼントを送って…なんか良いお嫁さんっぽいことをしていた。

だけど、いつも、なんだか噛み合わなかった。

理不尽なことがいっぱいあった。

この家は、なんかおかしい。どうも心と心の、愛情の交換が難しいように思えた。

そんなふうに思う出来事がたくさんあり、2年ほど前に決定的に噛み合わない事件が起きて、そこからしばらく私たちと義実家との関係は疎遠になった。

私は長年良い子ちゃんをしてきた人生で、他人といざこざが起きることが何より嫌いで波風が立つことを本当に避けてきたので、この一件はとても辛かった。

それでも、時間が経つにつれてそれも少しずつ解けてきた。それは私も夫も、自分の内面と向き合ってきたからだと思う。

いつの間にか、向こうの対応がソフトになってきて、関係がゆるやかで温かいものに少しずつ変わってきた。

関係が良い方向に流れ出したことで、今回の事業承継も前向きに捉えることができるようになったし、移住というワクワクするビジョンも降りてきたのだった。

上記に夫は家族といると心を閉ざしてしまうと書いたが、

家族というのはこの世界・社会の縮図なので、一歩家を出ると、同じように夫は他人に対して心を開きづらいところが、気になっていた。

夫は私から見てとても地頭が良くて能力があるのに、なぜか自信がなく自己効力感が低いため、その能力を100%は発揮できていないように思う。

人を受容する大きな器があって、とても優しいのに、「自分は嫌われている」、「自分は世界から受け入れられない」という前提があるようだった。

一方で私自身に関しても、母の望みを叶えるばかりで本当の自分のニーズがわからない人生だった。
だから夫に出逢って初めて素の自分を100%出せるようになった。

だけど、その弊害としてふたりでいると私が完全にジャイアンになってしまうという悪いクセがある。(最悪だwww)

私が感情的になって詰め寄れば詰め寄るほど、いつも夫は岩のように固まってしまい、押し黙ってしまう。

気持ちを聞いても、何を考えているかを聞いても、「わからない」と言われてしまう。

夫は、気持ちを感じて言葉にすること、そしてそれを相手に分かってもらうことに対して、完全にあきらめてしまっている、もっと言うと絶望しているんだろうな、というのは感じていた。

(もちろん私にもその側面はある。)

だけど、今回の鹿児島帰省を通して、夫を形作ってきたものが、原家族を通してかなり鮮明に映し出され、私は深く納得するしかなかった。

 

 

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心理セラピスト知恵

魔女に憧れる心理カウンセラー/WEBディレクター。暮らし×心理学で人生を楽しくクリエイティブする術を発信中。ライフコンセプト:「グラデーションで感じ合いたい」
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