義父との戦いシリーズ最終話~愛と自立~

話し合いは決裂した。

夜も更け、長旅の疲れもあって私は爆睡。

夫は明け方まで眠れなかったようだった。

朝起きると、夫が決意していた。義実家には3日間滞在する予定だったが、「もう今朝この家を出る。そして今日をもって退職する」と言う。

そして夫は義父と義母に話をしに行った。私は寝室で布団を片付けながら待っていた。

義父があっさり「それがいい。そうしましょう。はい。」「こんな感情的になる奴はおかしい」というようなことを言っているのが微かに聞こえた。

夫は別に感情だけで判断したのではなく、とても冷静だった。それは自身が心の学びをして親との対立の構造も理解することができていたし、
家業に囚われる必要がない(=自分のビジネスでやっていける)という自信と覚悟が根底にあったからだった。

そうして義父は職場へ向かい、義母と夫ふたりで話していたようだった。

ただ部屋に戻って来た夫は、出ていったときとは一転、とても悲しい目をしていた。エネルギーもがくんと落ちていた。

私が夫から感じたままに「…(お母さんと話して)罪悪感が出てきたの?」と聞くと、「なんでわかるの」と夫が答えた。

義母は、夫を引き止めたようだった。

けれど、それは決して夫の味方になるとか、寄り添うとか、そういう形ではない。

毒親というのは、「どちらか片方だけが毒親」ということはありえないという。

夫は自分の父から「この家の問題児」だと言われ続けてそれを自分の中に取り込み、そしてそんな自分であることを、母親に対して申し訳ないと思っている。思わされている。そのからくりが、透けて見えた。

どんな選択肢にも間違いはない

起業と家業の拡大、移住を夢に描いて帰省したけれど、決裂と退職という結果になってしまった。

社会人なんだからもっとうまく・美しく辞められたんじゃないのという声も自分の中から聞こえてくる。

でも、これで良かったのだと納得している。

家業を継ぐことが私達にとっての良いゴールではなかったようだ。

その代わりに違う選択肢を手に入れた。

それは、親からの自立だ。

家業を手伝っているうちは、たしかに(いちよ)正社員で毎月安定した収入が入ってくるから、安心を手に入れていた。甘えていたのだ。しがみついていたのかもしれない。その代わり、大切なものをずっとずっと封印してきたのだ。

だから、今回の帰省の真のテーマは「自立」だった。

私も目が醒めたし、「なるほど、こういうシナリオが用意されていたのか」と、人生っておもしろいなと思いながら荷造りをした。(←楽観的)

義父は夫に自分を投影し完全に同一視していた。

相手を変えることはできないけれど、夫がこれから鎖を外して自分らしくのびのびと実力を世界に発揮していくことで、義父が投影できないくらいの存在になることはできる。だってそれが元の姿、彼のBeingなのだから。

それから、私たちにはどこかで、「親を幸せにしたい」という想いがあった。

一昨年、私は自分の実家がある県に移住しようと奔走していた時期があった。でもよく考えたら、あれは私の両親のニーズだった。両親の幸せのために動こうとしていた。

そして、今回も夫の両親を幸せにしたいと思っていた部分もあるのかもしれない。

でも、両方がうまくいかなかったということはつまり、「親に左右されず、自分たちでまっさらな人生を作っていけ」ということなんだろうと今は解釈している。

どこまでいっても、この人生は「自分」が主体なのだ。

自分の世界で、自分を信じて生きる姿勢を持つ。

まだまだできていないけれど、その境地を目指していきたい。

義父に思うこと

家を出る直前に、義父が家に戻ってきて「やっぱりもうちょっと話しておきたい」と言った。

何か思い直したのかと思いきや、昨夜に増して夫をけちょんけちょんに言うので、もうこりゃだめだ、とある意味ふんぎりがついた。

けれどね、お義父さん。

私は、私が結婚の挨拶で初めてここに来た時にまだ存命していたじいちゃんばあちゃんとお義父さんお義母さん、夫と6人で撮った写真を、一番大きく印刷して仏壇の部屋に飾ってあるのを見たよ。

義姉家族の写真は小さかったし、義妹夫婦に至っては写真すらなかった。

きっと、息子が嫁を連れて、そして祖父母と一緒に写っている写真が、お義父さんにとっては大切だったんだよね。

義姉に子供ができたときも、「外孫はちっともかわいくない」と夫に言って、なんて失礼なジジイだと思ったけど、その真意は、「だからおまえの子供はかわいいと思う、楽しみにしている」って意味だったんだよね?

信じられないくらい、本当の気持ちを伝えるのが下手くそだよ、お義父さん。

毒になる親…?

だから私は、はちゃめちゃでも、これが義父の愛の形なんだと思う。

愛っていう言葉は私は大好きだけれども、愛ってとっても複雑だ。

心配する心も、不安も、お節介も、怒りも、憎しみも、全部愛から来ている。

愛には、いろーーんなものが混じっている。

だからこそ、それが時に子供にとっては毒になるのだ。

はじめから、毒を与えようと思って与えている親はいないはずだ。

どうして毒になってしまうかというと、

親自身がその親から毒の混じった愛を受け取っているから。

純粋な、あるがままを愛するという愛の形を、受け取っていないからなのだ。

経験していないものを、得られなかったものを、人に与えることは難しい。

だけど、たった一つだけ、今からでもそれを得られる方法がある。

それは、自分で自分を愛してあげるという方法だ。

自分を愛で満たすのだ。

親などといった立場に関係なく、私たち人間はどこまでいっても、「自分を愛する」ということが何より大切なんだと思う。

簡単なことではない。

究極、この世界に生まれてきた意味は、どこまでも自分を深く愛するため、どこまでも自分を大切に扱うためなんだと私は思う。

心の学びをして

今回の帰省を通して、これまで心の学びをしてきた意味がよくわかったし、体感として得られることがとても多かった。

ひとつには、人生には選択肢はいくらでもあるという広い視野を持てたこと。

この世界に失敗など存在しないと腹落ちしているから、自分を責めすぎたり、酷く落ち込むことが減ったこと。

そして、すべてのプロセスは完璧であると信じられること。たとえどんなぐちゃぐちゃな状況になる(=私達で言うと決裂してこれからは今までのような関係性でなくなってしまう)こともOKだと信じられること。

そして私の個人的なことで言うと、今回の帰省は最初から最後まで自分らしくいられたこと。

良い嫁を演じなかったし、嫌なことは嫌だと言えた。

前回の話し合いの時なんか、私は一言も発せなかった(笑)。それくらい義両親に嫌われたり悪印象を持たれることが怖かった。

今回は何も怖くなかった。

私が私を信じられたら、他人に何と思われてもいいと、心の底から思えた。

カウンセリング・セラピーをもっと身近に

心のことを学ぶにつけ、私たちには日常的にカウンセラーやセラピストを持つことが大切だと強く強く思うようになった。

私たちが生きていくうえで何度も起きてくる苦しみには必ず幼少期に震源地があり、その時の
・味わいきっていない感情
・身につけてしまった思い込み
を見ていくことで、ずいぶん癒やされていく。

ありのままの自分を、愛せるようになるのだ。

だから、カウンセリングやセラピーがもっともっと、身近になってほしい。

どうしても、人間は思考する生き物である以上、自分の考え(マインド)と一体化してしまう。

自分が自分の人生の創造主であること・人生の主人公は自分であることを、忘れてしまうのだ。

そんな時にひとりでぐるぐる考えるのではなく、カウンセラー・セラピストを頼ってほしいと思っている。

引き続き、そんなことをこのブログでは書いていきたい。

***

このシリーズはいったん完結です。

この後霧島をめいっぱい堪能して、その過程でいろんな野望が出てきたので(>▽<)、テンションアゲアゲで(←古い)この後は楽しく書いていきます!いぇーーーい!!

 

 

最後にお知らせ

当ブログ管理人知恵の提供する個人セッションです。

人は、一切の否定なく「とことん話を聴いてもらう」だけで、心が軽くなります。
心理カウンセラー・セラピストの私があなたに寄り添い、お話を聴かせていただきます。

そしてその時・その人にあった心理療法を用いながら、あなたを縛っている苦しみ・呪縛を一緒に見つめます。

 

個人セッションの詳細はこちら

自分を知って、日々を楽しくクリエイトしませんか?

  • この記事を書いた人

心理セラピスト知恵

魔女に憧れる心理カウンセラー/WEBディレクター。暮らし×心理学で人生を楽しくクリエイティブする術を発信中。ライフコンセプト:「グラデーションで感じ合いたい」
詳しいプロフィールはこちらからどうぞ。

-こころ

Copyright© 暮らしのおと , 2021 All Rights Reserved.